tujibee’s めも

無農薬無施肥の植物と健康と食 &疑問、日々のことのメモ

薬、例えば解熱剤。そして意識の薄れるであろう遥か前にしておきたい事・

子供が2歳頃に高熱を出し病院へ行った。出された解熱剤かと思われる薬を飲んで、痙攣を起こし驚いた経験がある。医師に尋ねると「薬に敏感なのかもしれない」との事であった。それ以降は熱が出た時も薬は使用せず、キャベツの葉を頭に敷く・豆腐パスタを使う、脇等を冷やすなどで対処し、乗り切ってきた。
ともかく、「薬って怖いな」 と思えた 最初でありました。

そんな事もあり、調べ本を読み学んでいた。
ある時熱のある子供をちと遠いが良心的な言及をされる先生へ診て貰いに行った折、かの先生曰く「近くの所の方に行かれた方が良ろよしいかと・」てなの事を・。
確かにそうなのだけど・ね。

本日の ひかたま さんの記事
shindenforest.blog.jp

薬の知識は必要。
病気といわれるそのモノを考慮する事は、身を守る為には必然な行為だと思う。
子供の1人は都の認定喘息者となった。夜中と言わず病院へ駆け込んだ事は半端なく、夜中に抱き抱え共に?泣いたこと幾度か・。しかし、その中でも常備薬である薬を飲ませるは少ない。飲ませなかったのだ。報告はしないが、受け取らない等があれば、緊急時の処置が受けられない故。その様にし子供で有るうちは、認定患者としてやってきた。
その子供に今、喘息は無い。飲用の薬が少なかった事は今にも良かったと思えている。子供も又そう感じている様子。

薬は、誰しも医療を信頼し切っておられる事が普通で、ありがたく飲用する方も多いとみえるし、人柄良いお医者さんの病院に対しては殊更そうだと思える。しかし、それら従事者自身が現実的に目の開かれた人物とは言えない。学んだ、もしくは利権がらみ等もあると思える。


老人ホーム。特に、医療者関係が設営するそれらでは、薬は必然的に使用されているとみえる。大義名分があったとしても、とうの老人ご本人は何で薬なんかを私が飲まなきゃいけないの?と拒否される事もあろう事はうかがえる。良心的な施設ではそれを考慮される部分もあろうが、それでも全ての薬に対してでは無い様子。
 

意識のあるうちに、その辺の事は、いろんな印を残すのか賢明な処置と思う次第の昨今。


言葉足らずとはわかっているけども、
その辺の事はメモ書きしておこうと思う。

例えば、、、
私に延命措置は要らない。
薬は飲ま無い。
自然死希望。
とか・

しかし、もっと考慮しなくては。
生ある中で、最も大事な事は何かを、思い実行したい。